教育

必ず若手教員のためになる考え方をまとめてみた。一生役に立ちます。

悩んでいる教員
授業や学級経営に関する考えを学びたいな。

このようなお悩みを解決します。

こんな方におすすめ

  • 授業や学級経営に関して学びたい若手教員

今回は私が意識している授業や学級経営に関する考え方を簡単にまとめてみました。

ぜひ参考にしてみてください。

授業編

何の意味があるの

「教師がこの学習に何の意味があるのか子どもに示す」ことは必要だと思う一方

「子ども自身がこの学習にどんな意味があるのか考え価値づける」ことも必要。

双方向から迫っていかないと、子どもは受け身のまま。

大人になっても「教わってない」「聞いてない」ってケチつけるだけ。

本人にとっての価値

傍目から見てどんなにくだらないものであっても、本人にとっては非常に価値のあるモノってある。

「人生を豊かにする」というのは、自分の周りに価値あるモノやコトを増やしていくことだと思う。

自分にとっての価値。

必ずしもそうではないけど

必ずしもそうではないけど、

黒板にやたら貼り付けるのも、

むやみにICT使うのも、

班で話し合いさせて全体発表でまとめる展開も、

授業の流れが分かりやすいワークシートを使うのも、

教師が難しいことから逃げているカモフラージュだったりする。

授業改善

「より良い授業にしたい」

これはほぼ全ての教員の願いであると同時に、その方向性は多様化しすぎてしまった。

やれ〇〇教育だ、やれ話し合い活動だ、いや基礎が大事だ、いや笑顔が大事だ....

全国で「より良い授業」の在り方が分散した。

そこでいわゆる「素晴らしい授業」における「子どもの現れ」で、普遍的に存在する要素をまとめたものが、「主体的・対話的で深い学び」。

これは授業の手立てではなく、良い学びを行なっているときの子どもの「姿」に着目したもので、全国の教師はこの「姿」が現れるように授業していく。

したがって、全国どの学校でも、主体的・対話的で深い学びをしている子どもの姿が現れるように、校内研修をして授業改善していくべき。

つまり主体的・対話的で深い学びとは、授業改善のための視点。

そのための手立てを教員が協議していく。

単元構想

指導と評価の一体化を目指す上でも単元構想は重要になるわけだけど、当然主体的・対話的で深い学びを実現するためにも単元構想は必要不可欠。

主体的・対話的で深い学びは、それぞれ相互に関連しあっているとともの、全てを毎時間の授業で達成しようとするのは無理がある。

だから、単元構想の時に、「この時間は主体的」「この時間は対話的」というようにある程度分散させるといい。

主体的な学びを生み出すためには、やはり「見通し」が必要不可欠。

そこで単元の導入の時には、単元の学習計画を子どもが把握する必要がある。

単元の学習を通して、どんな力を身につければ良いのか、将来、自己のキャリア形成にどんな意味を持つのかを捉えさせることで、粘り強く取り組む。

対話的な学びは、「話し合い活動さえしてればよい」という安易な展開にしないことが重要。

あくまで、対話を通して、「自己の考えを広げ、深める」ことが重要。

話し合いを活発にやっているかどうかではなく、話し合いの後、意見の変化があるようにしないといけない。

となると、対話「前」の子どもの意見を書くかなんかして記録しておく必要もある。

それに、意見が変化する「価値」がある対話の題材にしないとダメ。

話し合って、「みんな考えが違っていいですね」じゃダメダメで、「話し合ったらぼくの考えがより良くなった!」と子どもが実感しないといけない。

そして「深い学び」が一番厄介で、これは各教科の見方・考え方を働かせながら、知識を活用して創造、表現、課題解決していかないといけない。

そしてこれが、その単元で目指している指導事項に迫る学びにならないといけない。

そうなると、重要なのが「発問」と「これまでの学習の展開や積み上げ」になってくる。

単に発展的に難しいことをやらせるのではなく、この「深い学び」が目標の実現に迫るためには、やっぱし単元構想そのものが重要になってくる。

個別最適な学びと協働的な学び

単元の目標に迫るためには子ども一人一人に合わせて学習方法を個別化する方が望ましい。

一人ひとりを評価することもしやすいだろう。

しかし、それだけでは「対話的な学び」は不十分になるし、深い学びに迫ることも厳しいだろう。

両者のバランスが必要不可欠。

だからこそ、これも単元構想の中で、「どの場面が個別最適か」「どの場面が協働的か」をある程度分けて設定していくことが大事。

「主体的・対話的で深い学び」

「指導と評価の一体化」

「個別最適な学習と協働的な学習」

これらの要素を踏まえて単元を構想する。

多分正解はないんだろうけど、ここに現代の教員が挑戦していく価値があると思う。

それぞれの要素がどういう教育的意義をもつかは、すぐ分かること。

「観点別評価」と「指導と評価の一体化」

よりより学びの姿とはなにか、が「主体的・対話的で深い学び」によって示されたと同時に、学習指導要領が改訂され、全教科が「知識・技能」「思考判断表現」「主体的に学習に取り組む態度」に観点が統一・整理された。

で、この観点別に各教科の指導事項が設定されているわけだが、旧来型の授業では評価しきれない部分が出てきた。

そこで必要となるのが「指導と評価の一体化」

これは「子どもを評価できるように、子どもに力がつくように指導し、それを評価する」という意味。

指導事項は、当然子どもが最初から兼ね備えている資質能力ではないんだな。教材に対して無目的に取り組んでも身につくものではない。

だからこそ、教材をあくまでエサとして、教師自身が指導事項を評価できるように単元を構想して授業する必要がある。

これがめちゃくちゃ難しい&重要な要素になる。

例えば、国語(56年)で「自分の書いた文章の良いところを見つける」も「書くこと」の指導事項に入っている。

これを作文の単元で評価したい。

でも「自分の文章の良いところ」がそもそもないと評価できない。

そうなると、せめて本人が「良い」と思える文章を書かせないといけない。

となると、子どもが良さを発揮できるような作文の題材を設定しないといけないし、そのための体験だとか思いを高める工夫もほしい。

場合によっては特別活動とか行事とリンクさせる。

つまり、単元構想がこれまで以上に重要になってくる。

(追記)

「指導と評価の一体化」における重要な補足。

それは「評価とは自分の指導の結果である」「その評価を自分の次の指導改善に生かす」ということ。これは凄く大事な事。

つまり、子どもの評価の半分は、子どもだけのものじゃなくて教師のものだって事。

子どもの評価が低いってのは教師に指導改善の余地があるって事。

そして、その評価を吟味して自らの授業改善にためにPDCAサイクルを生み出す。

「学級の子どもの出来」をすなわち、「自分の授業の出来」と捉えること。教員側の謙虚な姿勢が必要になる。

 

学級経営編

目の前の子ども

今、目の前の子どもをかわいそうだと思うより、このままでは将来がかわいそうだと思って指導する。

分かった気

児童の内面や気質を、素人が単純化・様式化して「分かった気」になってるようじゃ不十分。

相手をステレオタイプにはめ込んで理解しているだけ。

面倒くさい児童理解から逃げてはいけない。

「子どもの願い」に根差した指導

「みんなと仲良くしなくていい」と指導をして、女の子たちに嫌われてしまったことがあった。

思うに、「子どもの願い」に根差していない指導は、どこかでコケてしまう。

子どもたちとの対話や見取りを丁寧に繰り返すことが大事。

ちなみに、その女の子たちは「みんなと仲良くしたい」という前向きな願いを持っていた。

相手に好かれる

やっぱ

「相手に好かれようと思うこと」と

「指導すること」は、どうにも共存できない時がある。

自分の子ども相手にしていても、それは同じ。

相手を愛するということは、自分が愛されるために何かすることではない。

置き換え

「ズルい」んじゃなくて

「羨ましい」

「煽られた」んじゃなくて

「悔しい」

ただそれだけ。

自分の負の感情を他人の悪い行動に置き換えたくなるのが子どもというもの。

自由

「自由にしてあるのだから大丈夫」は違う。

自由だからこそ困るし、路頭に迷う。力をつけられない。だから道やゴールを明確に示す事も必要になる。

自由とルールは、逆のようで実はセットであることが多い。

声かけ

子どもに信頼されるには

「私は君のそういうところが好きだ。」とハッキリ伝えてあげることだ。

ちょっと恥ずかしくてクサいくらいの言葉を真剣に伝えること。

みんなに嫌われかねない子どもにこそ、教育者は愛を伝えてあげないといけないと思う。

その注いだ愛が、その子が将来躓いた時に、立ち上がるか、自暴自棄になるか、の分かれ目に影響するかもしれない。

担任の人間性

「ウチのクラスの子は時間も守らないしおしゃべりが止められなくて困るわホント」

っていう先輩がいたんだけど、その方も時間は守らないしおしゃべりもやめてくれないからみんな迷惑に思ってた。

小学校ってのはこういうもん。担任の人間性が学級にしっかり反映する。

子どもに寄り添うこと

「子どもに寄り添うこと」

と、

「子どもとベタベタした関係になること」

は違うと思う。

そこを勘違いすると、単なる「気安いだけの大人」になったり、子どもが教師に依存することになったりしかねない。

目線

学級の子どもを見渡して、こちらと目が合う子がいたら、よくよくチャックする。

悪いことを考えている者は、必ず監視者の目線を気にしているから。

子どものコソコソ

授業をしていて、子ども同士がコソコソ、ニヤニヤと笑っている時に「怪しいな」と感じ取れるようになりたい。

何かをバカにしている笑い方に気付かないと、あっという間に学級は荒れる。

クラスの騒がしさ

なんでクラスが騒がしいかというと、クラスが騒がしいのに話すから。

そして、聞いても聞かなくてもいいような内容だから。

その結果、子どもたちは教師の話を全て聞き流すようになる。

その他

研修

なぜ授業の「めあての色」とか「発表の仕方」とか「指導案の体裁」とかどうでも良さそうなことが研修で細かく決まっているかというと、それがないとハチャメチャな授業をし出す教師がいるからだよ。最低限の質を確保する予防線。

それってあなたの感想ですよね

そうだよ。

相手がどう思うのか、感じるのかを伝え合ってコミュニケーションを相互に学ぶのが、学級集団であり、担任の役割だろうね。

事実の役割だけで完結できる学級集団は存在しない。

それはロボットの集まりだろうね。

持ち上げ

自分の所属する集団を持ち上げることが好きなんだ、誰しも。

集団を持ち上げることで、間接的に自分を持ち上げて自己肯定感を満たしているんだな。

保護者との面談

保護者との面談でよく聞くこと

「お子さんの良いところを10個教えてください」

必ず良い雰囲気で面談が進むし、有意義な時間になる

困難な課題

若い者が

「困難な課題に挑戦して上手くいかず歯痒い思いをする。」

これは必要な事だと思うね。成長につながる。

でも

「どうして良いか分からず右往左往して時だけが過ぎる苦痛」

は味わわせちゃいけないと思うんだよね。

 

当ブログについて

当ブログでは教育の他に

についても発信しています。

特にこれからの時代は、公務員といえど将来の資産が安定して増えていくとは限らなくなりました。

公務員だから、教師だからお金のことについては学ばなくて大丈夫

という考えは正直古いです。

逆に教師だからこそ、子どもたちにお金の大切さや資産の増やし方などを伝えていけるように資産運用について学ぶ必要があります。

当ブログをきっかけに資産運用についてもぜひ学んでみてください。

 

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